【VILLAGE通信 vol.21】武具の職人が、仏壇をつくった 滋賀県

滋賀県の国指定は信楽焼、彦根仏壇、近江上布の3品目です。
今回は、彦根仏壇から始めます。
甲冑と弓矢をつくっていた人たち
彦根仏壇の始まりは江戸時代の中期。彦根藩の武具をつくっていた職人たちが、仏壇づくりに転じたとされています。
甲冑には木地と漆と金具が要ります。弓矢には木を削る技術が要ります。それはそのまま、仏壇の技術でした。
高知では、刀鍛冶の技が山仕事の刃物になりました。滋賀では、武具の技が祈りの道具になった。戦の技術は、戦がなくなると別のものになる。
彦根仏壇の特徴は徹底した分業です。木地、宮殿、彫刻、塗り、金箔押し、蒔絵、錺金具──七つの職に分かれ、それぞれの専門家が手を入れます。
ひとりで全部やらない。だから、それぞれが深くなる。
六古窯の、ひとつ
信楽焼は、日本六古窯のひとつです。中世から現在まで生産が続く、数少ない窯のひとつ。
この連載では、岡山の備前焼を「釉薬を、掛けない」として取り上げました。備前も信楽も、同じ六古窯です。
信楽の土は、粗い粒を含んでいます。だから大きなものが焼ける。水がめ、すり鉢、そして狸の置物。
あの狸が全国の店先に立つようになったのは、そう古い話ではありません。けれど、いまでは信楽といえば狸です。
伝統は、途中で足されることもあります。
麻を織る
近江上布は、愛知川周辺でつくられる麻織物です。琵琶湖のまわりの湿度が、麻を扱うのに向いていたと言われます。
気候が産業を決める。大分の温泉も、和歌山の梅も、同じ話でした。
3品目、それぞれの理由
仏壇は藩の都合から。焼き物は土から。麻は湿度から。
ひとつも同じ理由で始まっていません。
次号は京都です。数が、桁違いになります。
参考:滋賀県、彦根市、甲賀市、伝統的工芸品産業振興協会
——Value Village編集部
写真:Motokoka/CC BY-SA 4.0(Wikimedia Commons)